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ときまき!

謎の創作集団による、狂気と混沌の執筆バトル。

2015年前半期 増田文学大賞(はてな匿名ダイアリー)

時巻エイ

はてな匿名ダイアリーの名作を紹介したい。

もう本当に、ひとりの物書きとして増田の文才には嫉妬している。

敬っているし、憧れているし、恋している。増田大好き。

増田は匿名だから、この気持ちをラブレターにしたためて贈ることのできないのがつらい。

エッセイ部門

おのれの内面をさらけ出して、他者に理解させる。エッセイに要求される文章技術は、思いのほか高い。

僕はジャニーズJr.のことを知らないし、追っかけのために年間100万円も費やす熱狂的ファンの気持ちはさっぱり分からない。

しかし、このエントリーは、読ませる。とても読ませる。

共感させ、自己投影させ、さいごには「ああ、増田の言っていることも、わかる!」と思わせてしまう。

まったくの異なるセカイに生きる他人を、自分の側へと引きずり込んで感情移入させる。

これぞエッセイの醍醐味といえよう。

 

ポエム部門

はっきり言って国語の教科書に載るレベルの名文。

むかしであれば歌人や詩人となるべき文士たちが、今日ではアルファツイッタラーや増田になってしまう。ちょっと勿体無くは感ずる。

 

「ふとんは吹っ飛ばない」というフレーズ自体は誰でも思い浮かぶ、ありきたりなアイデアだ。多分、全国で10万人くらいは「ふとんは吹っ飛ばないじゃん!」と心のなかでツッコミを入れている。

 

着想の素材はどこにでも転がっている石ころと同じくらいに当たり前で、つまらない。

ところが「ふとんは吹っ飛ばない」から思考を深めていって、ひとつの詩として完成させることのできる人は、おそらく増田ひとりしかいない。

これが、才能なのだ。

 

アイデアは、キャビアやトリュフのように希少性の高い、奇抜なものである必要はない。むしろニンジンやジャガイモのようなごくありきたりの食材をつかって、いかに料理するかである。もちろん創作レシピは頭のなかにあるだけでは意味がない。実際につくって完成させてみないことには始まらない。

『ふとんは吹っ飛ばない』

ありきたりでつまらない《オヤジギャグ》という素材を使っているにも関わらず、その調理方法が卓越しており、美味しかった。

後味は《謎の感動》といった感じで、もう素晴らしいのひとことに尽きる。

 

ラノベ部門

ブコメでは評価されていないばかりか、批判的なコメントも多く、不遇なエントリー。個人的にはもっと評価されるべきだと思う。

本エントリーではライトノベルの文体を用いて、ライトノベルの皮肉をやっている。いわゆるメタ・ラノベというやつだ。

ラノベを書いたことのある物書きとしては、作中描写に思わずニヤリとさせられる。

なんというか、すごく《わかる》

  • 「ああ、いかにもラノベラノベした文体だよね」とか。
  • 「キャラ立ちが大切と言っておきながら肝心の人物描写が《記号的情報》の羅列じゃないか」とか。
  • 「エンターテイメントなのにそんなテンプレ設定でいいの?」とか。

そんなドス黒い疑念に包まれて我々は文章を書いているわけで、エントリー中に登場する《人ではない化け物》はまさしく僕を苦しめている巨大な違和感であり、結局のところラノベというのは……

……おっと誰か来たようだ、き、貴様はラノベ天狗!! 何をするやめ…わあああああああ

 

エンタメ部門

"アダルト"な内容なので、あまり声を大にしてレコメンドはできないが、増田文学タグのついたエントリーで1000はてブを超えるという圧倒的作品。

熊のアイコンが追いかけてくるくだりが好き。

 

増田文学大賞

2015年前半期に読んだ増田エントリーのなかで、僕として一番推したい作品。筆力の次元がもはや違う。

「先生こんなところで何やってるんですか」と声をかけたくなる。

名文を書くのは大変であるが、定義するだけならば簡単な一言でおさまる。

名文とはすべての言葉に《必然性》のある文章を指す。

 

逆説的に、必然性のない文を羅列すると、それは「悪文」となる。

例を挙げてみるとこんな感じ。

うちで飼っている金魚はことしで5歳になる。

縁日の金魚すくいで、おやじが捕ってくれたものだ。

まだ中学生だった俺はその金魚にポチという名前をつけて、大層かわいがって育てた。

そんなポチだが、さいきん様子がおかしい……

(悪文の例)

 やってしまいがちな失敗例である。

最初に『金魚が5歳』という情報を与えたのであれば、次の文章ではその情報に必然性を与えなければならない。

  • 金魚の年齢
  • 縁日でおやじが捕ってくれたこと
  • 金魚の名前
  • 金魚の様子がおかしいこと

与えられる情報に整合性と必然性がなく、バラバラしている。

とても読みづらい。

その場で思いついた情報をテキトーに並べたところで、意味のある文章にはならない。

 

上記を踏まえたうえで、もう一度、増田の文章を読んでみる。

すると全ての文に《必然性と繋がり》のあることが分かるだろう。

 

と、口で言うのは簡単だけれども、実際に書くのはとてもとても難しい。

増田すごい……。はてなに来て良かった。

 

ファンレターを贈りたいのだけれど、手段がないので記事にしてみた。

Dear writer of the anonymous ...that I love.(私の愛する名も無き作者へ……)

 

(おわり)

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