ときまき!

謎の創作集団による、狂気と混沌の執筆バトル。

小説の描写に《動き》を与える方法

「小説の描写に動きがほしい!」と思ったときは、以下の2つを意識しましょう。

  1. 結果ではなく過程を描くこと
  2. 動作を分割すること

ここでは私の書いた文章を「悪例」、実作品の描写を「好例」として、比較しながら解説していきます。まずは描写がのっぺりとしている「悪例」から。

悪例1

彼女はテーブルの上に置かれていた箱から、銀色の輪っかを取り出した。(例文)

上の文章では「女性が箱から輪っかを取り出す」という結果を書き急ぎすぎています。読者に情報を伝えることは大切ですが、情報開示はワンテンポ遅らせるのが秘訣です。

プロの小説家は、次のように描写します。

☆好例

彼女は、テーブルの上に置かれていた箱を引き寄せ、蓋を開いた。中の透明なビニール袋を取り出す。袋には銀色の金属製のわっかが入っていた。

(引用『ボクハ・ココニ・イマス 消失刑』梶尾真治/光文社)

「箱からわっかを取り出す」という動作を「引き寄せる」「蓋を開く」「ビニール袋を取り出す」の3つに分割しています。ここにリアリティと動きが生まれます。

はっきり言って、いちいちこのような細部を意識して描写するのは(書き手としては)面倒に感じる作業です。だからこそ、ただ何となく楽に楽にと思考のままに書いているだけでは、上記の描写はできません。

名文ではない、一見して何の変哲もない描写にこそ、工夫が籠められています。

悪例2

彼女は、木目調のテーブルの上に置かれている黒の高級そうな箱のロックを外し、中からジッパーで密閉されたビニル袋を取り出した。袋のなかにはステンレス製だろうか、直径十センチほどの銀色のわっかが入っていた。(例文)

別の悪例を書いてみました。

過剰描写の例です。読者に伝える必要のある情報以外の描写に力を入れると、途端にリーダビリティが落ちます。

動きを出すのが目的であれば《行動描写》のみを分割してみることが大切かもしれません。

悪例3

彼女は箱の中から銀色のわっかを取り出した。その時点で俺には嫌な予感がしていた。囚人にとって《輪》とは、手錠や足かせをはじめ、拘束具を意味する。では目の前のリングは、その大きさから鑑みて首に着用する首輪ではないのか。俺は恐怖にわなないた。(例文)

心理描写を付け加えた例です。心理描写によって、先の展開のネタバレをするのは、まずやらない方が良い(ベター)です。

「箱から取り出した輪っかをどう使うのだろう?」という好奇心が読んでいる最中に生まれ、それが読者にとっての推進力となります。意図的にミスリードを誘うのならまだしも、下手な《予測》を心理描写中に入れると読み進める楽しみを奪ってしまいます。

読ませる描写において「情報を待機させる」という考え方は非常に重要なポイントとなります。(小説に限らずセールスレターやコピーライティングの世界でも、情報待機のレトリックが用いられます)

「動作を分割させる」をもっと詳しく

他作品の例も挙げてみます。

私は墓地の手前にある苗畠の左側からはいって、両方に楓を植え付けた広い道を奥の方へ進んで行った。するとその端れに見える茶店の中から先生らしい人がふいと出て来た。私はその人の眼鏡の縁が日に光るまで近く寄って行った。そうして出し抜けに「先生」と大きな声を掛けた。先生は突然立ち留まって私の顔を見た。

(引用『こころ』夏目漱石/青空文庫

結果だけを描くのであれば「墓地近くの茶店で先生を見かけたので声をかけた」の一文で事足りる。それが小説となると(上の文章の場合)146文字まで引き伸ばされるわけです。

「先生に声をかける」の結果に至るまでのプロセスとして、「苗畠に入る」「道を進む」「茶店から先生が出て来る」「近寄る」と分けて分けて描写する。しかも決して無意味な情報の羅列ではなくて《私》のストーカー気質な性格だとか、先生の暗い過去を匂わせる《墓地》というキーワードだとか、いろいろと仕込まれている。

さらに細かいことを述べると、上記の描写は「手前から奥へ」視点をフォーカスさせることによって動きを持たせています。

  1. 苗畠(手前)
  2. 両方に植え付けられた楓(少し奥)
  3. 端れに見える茶店(最奥)
  4. →先生に寄っていく(再びズームイン) 

「手前から奥へ」の順序で描写する手法を序次法(じょじほう)といいます。小説の基本テクニックのひとつですので、覚えておくと役に立ちます。序次法については次記事で詳しく解説をします。

描写では(動作の主体となる人物の)視線の動きを意識して描くと、格段に良くなります。基本は近くから遠くへ。

午後の三時頃で、冬の日が、お庭の芝生にやわらかく当っていて、芝生から石段を降りつくしたあたりに小さいお池があり、梅の木がたくさんあって、お庭の下には蜜柑畑がひろがり、それから村道があって、その向うは水田で、それからずっと向うに松林があって、その松林の向うに、海が見える。海は、こうしてお座敷に坐っていると、ちょうど私のお乳のさきに水平線がさわるくらいの高さに見えた。

(引用:『斜陽』太宰治/青空文庫

「いい景色だった」で終わるところをここまで分割して詳細に描くのが、小説の技法です。これもやはり「手前→奥」へと視線が移動していきます。

芝生→石段→池→蜜柑畑→村道→水田→松林→海へと、奥へ奥へ。風景そのものは一枚画として写真にも収まるものでしょう。しかしこのように手前から奥へと順番に進んでいくことで、映画やアニメのような動きを持った情景描写となります。

それにしても、太宰治はなかなか描写が色っぽいんですね。人間失格が代表作として語られていますが『斜陽』『パンドラの匣』『女生徒』『グッド・バイ』あたりを読むと印象が一変しますよ。

まとめに入ります。

  1. すぐに結果を描くのではなく、まずは過程を描く(情報を待機させる)
  2. 動作を分割させる(輪を取り出す→箱を引き寄せる/蓋を開く/袋を見せる) 
  3. 視線を分割させる(手前から奥へ ※視線分割の技法は、次記事の序次法のところで詳しく書きます)

『ボクハ・ココニ・イマス 消失刑』のレビュー

今回、最初に引用に用いた作品『ボクハ・ココニ・イマス 消失刑』(梶尾真治 著)について簡単に感想を書こうと思います。

ボクハ・ココニ・イマス 消失刑

ボクハ・ココニ・イマス 消失刑

 

『消失刑』というのは、簡単に言えば受刑者を透明人間にしてしまう刑罰のことです。消失刑を受けると、受刑者は誰からも姿を視認されなくなり、会話や文章によるコミュニケーションはおろか、人に近づくことさえできなくなってしまいます。

そのうえ、(刑罰なので当然ですが)銭湯で覗き見するなどの犯罪行為はできないようになっていますし、テレビなどの娯楽も禁止されます。

このような「対象をぼっちにする!」刑罰である消失刑を受けた主人公を軸に物語が進みます。作品全体のテーマは《孤独》です。

書き手視点から視たすごいところ

本作は『主人公は誰ともコミュニケーションを取ることが許されず、一切の(エキサイティングな)犯罪行為を取ることができない』という設定を守って書かれている、ある種のシミュレーション小説です。

これ自体が、すごい。

小説とくにエンターテイメント小説は、どんな形であれ、主人公のコミュニケーションによって物語が進みます。《コミュニケーション禁止》の縛りはなかなかに、書き手としてはきつい。大変難しい。

透明人間になってエロいことができるならともかく、本作の主人公はそもそも他者の半径一メートル以内に近づくことさえ許されません。そんな、他者と一切の接触を禁止された状態で、どうして話が進展していくのか。

人間関係を描くことで《孤独》を表現するのは難しくありません。いじめだとか、仲間の裏切りだとかを描きます。しかし、他者からその存在そのものを無視される《孤独》を長編原稿で書くのは、うむぅ……何とも骨が折れる。

コミュニケーションのない小説なんて、ふつうに書いていて面白くなるはずがない。それを最後まで読ませてしまう筆力は評価されるべきだと感じます。

(終わり) 執筆・改稿/海鳥まき ※旧筆名オロロン

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