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ときまき!

謎の創作集団による、狂気と混沌の執筆バトル。

「「「多重鍵括弧」」」の是非と複数人が同時に話す描写の書き方

深見くらげ

「多重鍵括弧」とは鍵括弧を重ねて用いることにより、複数人が同じ台詞を重ねて発したように読解させる修辞技法のひとつである。

例えばN氏とS氏とZ氏が同時に「やっほー」と声をあげるシーンで

「「「やっほー」」」

と鍵括弧を重ねて書くのが多重鍵括弧の用法である。

以前、創作クラスタでは多重鍵括弧の是非が話題となった。

「まったく、最近のライトノベルは~」というありがちな批判だが、多重鍵括弧について言えば立派なレトリック(修辞技法)であると断言する。また、これをライトノベルの専売特許とされても困る。純文学であっても、必要ならば多重鍵括弧くらいは使うだろう。

私はかねがね主張しているが「小説とは何か」「文学とは何か」を突き詰めて考えていったときに、ライトノベルと純文学とのあいだに差異は存在せず、ましてやそれを対立構造として優劣をつけようなどというのはもってのほかである。

多重鍵括弧は書記素配列のレトリックである

書記素(しょきそ)は、言語の最小単位を指す。特定の単語や記号を並べることで《視覚的効果》をもたらし、表現に新しい意味を付与する。これは書記素配列のレトリックとして知られる技法である。

ライトノベルであれば西尾維新や奈須きのこなど、文体に書記素配列の工夫を凝らす書き手がたくさんいる。例えば、本のページ一面を「血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血」と同じ文字で埋め尽くしてしまったり。目にした読者はギョッと驚くだろうが、書記素配列ではそのような視覚的効果を狙う。

何もライトノベルだけで使われる手法ではなく、筒井康隆も『エディプスの恋人』のなかで効果的に用いていたし、山村暮鳥の『風景』はあまりにも有名だろう。有島武郎の『或る女』にもこの種の文体実験は登場するし、ネタとしてはよく出されるがアルフレッド・ベスター『虎よ、虎よ!』もある。

多重鍵括弧は、"「」"という会話の最小単位を示す記号(書記素)を重ねることにより、視覚的に複数人が同時に発話しているシーンを想起させる。これを技法と言わず何と言おうか。決してズルではない。

複数人が同時に話すシーンの描写方法

さて、すでに述べたとおり多重鍵括弧は立派な技法だ。しかしなにぶん、トリッキーなレトリックであり、むやみやたらな乱用は避けたいところ。

ここでは、複数の人物が同時に話す様子を描写するには、他にどのような方法があるのかについてご紹介したい。つまり多重鍵括弧を用いない、一般的な書き方である。  

【基本形】「会話文」と、同時に言った。

会話文のあとに『AとBが同時に言った』という文章を付け加える。基本であり、間違いがなく簡単な描写方法とされる。具体例を挙げてみれば拍子抜けするかもしれない。

『先生。』『先生。』と、秋野と東川が同時に言つた。

(引用:石川啄木『足跡』/青空文庫

 

「ありがとう、友よ。」二人同時に言い、ひしと抱き合い、それから嬉し泣きにおいおい声を放って泣いた。

(引用:太宰治『走れメロス』/青空文庫

 

 室内の先客である川波大尉と星宮理学士との二人が、同時にハアーッと溜息をつくと、同時に言葉をかけた。
「遅いじゃないか。どうしたのか」と大尉。
「あまり静かに入ってきたので、また気が変な女でもやってきたのかと思ったよ。ハッハッハッ」と星宮理学士が、作ったような笑い方をした。

(引用:海野十三『恐しき通夜』/青空文庫

見て分かるとおり、書き方は決して難しくない。『二人は「◯◯」と同時に言った。』あるいは『同時に「◯◯」と言った。』とシンプルに書くだけで良い。

他の表現だと『声を合わせて言った』『二つの声が重なり合った』と書く方法もポピュラーだ。 引用例だと太宰治『走れメロス』の描写手法が、なかなか使い勝手が良いと思う。台詞のあとに、動作や感情を示す言葉を続けると、シーンをイメージしやすくなる。

まとめ

「カギ括弧を重ねて使うのはズルだ」という声はあるけれども、むしろまったく正反対で、多重鍵括弧の方がレトリックとしての使用難易度ははるかに高い。もちろん、それゆえに安直に使われるべきではないと私は考えている。

書記素配列は、視覚にもたらす効果が強すぎるために、うまく扱うには相当な筆力を要する。

多重鍵括弧を使わずに書く方法はじつに簡単で、会話文の前後どちらかに「同時に言った。」と付け加えるだけ。もしも描写で迷ったときは、技巧に走らずシンプルな表現方法を選ぶのがベターかもしれない。

(了)

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