ときまき!

謎の創作集団による、狂気と混沌の執筆バトル。

【書評】小説家・ライターになれる人、なれない人(スーザン・ジョフネシー)

今回ご紹介するのはスーザン・ジョフネシー著『小説家・ライターになれる人、なれない人―あなたが書けない本当の理由

原題は「Walking on Alligators: A Book of Meditations for Writers」(ワニの上を歩く。作家のための思索の書)

ぶっちゃけ原題のほうが本の内容に合っているし好き。

小説家・ライターになれる人、なれない人

本の内容

この本は端的に述べると、原稿を書かなきゃいけないのにやる気が出ない人に向けて「今すぐ書こう!!!」と発破をかけてくれるメンタルサポート(?)の啓発書である。

見開き右ページに有名作家の格言、左ページに作者の解説が載っている。いわば格言集+αの創作指南書とイメージしていただければ良いかなと思う。

ただ元が洋書なので、我々にとってはあまり聞きなじみのない(米国の劇作家などの)有名人の格言も多い。

良い文章の書き方、面白い物語の作り方、みたいなノウハウ紹介はない。ただひたすらに、物書きのやる気を出させることに特化した精神ケアの書である。精神論というか気の持ちよう的な内容が多くを占めるのでそこは注意を。

本書の内容をひとことで語るならば、「今すぐ原稿を書こう!!!」これに尽きる。

とにかく原稿を書かなきゃ、という気にさせてくれる本だった。

本書の不満点について

もちろん良い点もたくさんあるが、不満点がないといえば嘘になるのでこちらも正直にレビューしたい。

1.絶版本で中古価格がプレミア

残念ポイントのひとつは「絶版本でありプレミア価格がついている」点が挙げられる。

本書の定価1,250円に対して、2018年7月現在Amazonマーケットプレイスでは2,500円。送料込みだと倍以上のプレミア価格がついている。

定価で買うならおすすめできるが、プレミア価格で中古本を入手するほどの価値があるかと問われると、ちょっと厳しいところがある。

読書メーターやAmazonのレビューを見ても、それなりに人気の高い本であることが分かる。どこかの出版社が復刻版を作ってくれればいいのになぁと思う。

ダメ元で「復刊ドットコム」に復刊リクエストの投票を出した。

2.翻訳

ふたつめに「翻訳文体の好みが分かれること

翻訳の上手い下手を語れるほどの語学力は私にはないのだけれども、本書の文体は、個人的にはちょっと苦手だった。いわゆる《翻訳してる感》が強いように感じられる。

本書から一部を抜粋すると、このような文体である。

『私たちは、冬になったら必要だからといって、コツコツと食べ物を蓄えるリスではないのです。あなたが学んだことをいくらたっぷりと使っても、決して使い果たすことなどないのです。どんどんその代わりが入ってくるのですから。』

(引用:小説家・ライターになれる人、なれない人 p.151)

私的な印象としては、やや文章が読みづらい。

もしも洋書に抵抗のない人であれば、原著を手に入れた方が良いかも知れない。

原著『Walking on Alligators: A Book of Meditations for Writers』はAmazonにてペーパーバック版を購入できる。こちらは絶版になっておらず、和訳本より安く買える。

3.出典の不在

みっつめに「格言の出典と、格言者のプロフィール情報がないこと

例えば本書では、見開き右ページに次のような格言が載っている。

「私は図書館にいるのが嫌いです。なぜなら図書館にいると、いつも、自分に何かが不足しているという感じがするからです。」
ピーター・ケリー

(引用:同著 p.152)

この格言がいつどこで登場した台詞なのかは分からないし、ピーター・ケリーが何者なのかも本書には情報がない。ピーター・ケアリーならばオーストラリアの小説家であるが、彼と同一人物なのかどうかも判断がつかない。

執筆のやる気が出ないときの処方箋として

以上、不満点を多く述べてしまったが、物書きのやる気を出させてくれる啓発書として本書を評価したい。

執筆のやる気が出なくてグダグダと過ごしてしまうときに「とにかく今すぐ原稿を書け!」と背中を押してくれる。そんな処方箋のような本を数冊常備しておくと自分の助けになると思う。

各ページの最後には『今日、私は全力を尽くして書くのに、簡単な道はないという事実を受け入れます。私はとにかく書きます。(引用:同著 p.147)』といった自分を奮い立たせるための一文が記載されている。

自己暗示をかけるように、音読してみても良いかもしれない。

とにかく今すぐに書きだそう。物書きにとって、原稿を書いている時間がもっとも幸せなのだから。

(了)

今回の紹介書籍


小説家・ライターになれる人、なれない人(Amazon)

原著


Walking on Alligators: A Book of Meditations for Writers(Amazon)

 

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30分砂時計を使って小説の執筆管理をする

 だらだらと何時間もかけて原稿を書くよりも、30分間集中して書いた方がずっと速く良く書ける。というのは物書きならば心当たりのある話だと思う。

「なんてこった! 今朝から6時間も執筆しているはずなのに、ちっとも原稿が進まないぞ!」と首を傾げるときは大抵、その半分近くの時間をツイッターやネットサーフィン等のマルチタスクで浪費してしまっている。

 最強の時間管理術として知られる『ポモドーロ・テクニック』は短期集中体験を積むことを重視するメソッドで、原稿を一刻も早く書き上げたいときに活用できる。

ポモドーロ・テクニックとは?

 ポモドーロ・テクニックは簡単に説明すると「25分間集中してタスクに取り組む → 5分間の休憩をする」を1セットとして繰り返す。至ってシンプルなメソッドだ。

 25分単位でタスクに専念し、高い集中力を発揮できるフロー状態(ゾーン)へと追い込んでゆく。

 キッチンタイマーやストップウォッチ、目覚まし時計でも何でも良いのだけれど、きっちり25分を計って、その間はどんなことがあっても原稿に集中をする。もちろんスマートフォンの電源は切っておき、ツイッターのページは絶対に開いてはいけない。

 作家がホテルに缶詰になって原稿を書くのが「空間」による隔離であるとすれば、ポモドーロは「時間」による隔離。気をそらすSNSやゲームから自分を守ってくれる、いわば25分間の結界である。

 ポモドーロ・テクニックについてはlifehackerの記事「今日から始める生産性アップ術。ポモドーロ・テクニック再入門ガイド | ライフハッカー[日本版]」の説明が詳しい。

 平常時に自分がどのくらいの筆速で書けるのかを把握するのにも、ポモドーロによる執筆管理が役立つ。25分で平均500文字書き進めることがわかっていれば、5千文字の原稿を完成させるときにポモドーロ×10セットを作業目標として立てられる。

トランス状態を邪魔しない砂時計の良さ

 私も原稿を書くときはポモドーロ・テクニックを愛用している。が、この方法は時折、小説執筆中にトランス状態に入れたときの邪魔になってしまうケースがある。

 せっかくうまい具合に執筆の神様が降りてきてトランス状態に入れても、25分が経てばキッチンタイマーの音が鳴って、超・集中状態が解けてしまう。

「短時間に集中して原稿を書く」というノウハウは維持したまま、しかし「ふとペンを置き、気がついたら時間があっという間に過ぎていた」という体験を生み出したい。

 仕事のタスクはともかくとして、変性意識を最大限に活用する小説執筆ではポモドーロにプラスアルファのアレンジが必要かもしれない。

 そこでキッチンタイマーの代わりに30分砂時計を使うことを考えた。

30分砂時計

製品詳細→ BOJIN 30分砂時計(Amazon)

 写真はAmazonで購入した1500円くらいの30分砂時計で、値段のわりに見た目もおしゃれなので気に入っている。実測サイズはおよそ幅8cm×高さ14cm

 レビューを見ると子どもの勉強・食事・ゲーム・お片付け等の時間管理のために購入する人が多いようだ。

 砂時計であれば「残り○○分」のデジタル表示やアラーム音で気がそれてしまう心配がない。心置きなくトランスに移行し「気がついたら30分がとっくに過ぎていた」という状態を作りやすい。

 なので私の場合、業務タスクはキッチンタイマーで、小説執筆は砂時計で、ポモドーロ・テクニックを実践するようにしている。

ある種の「自己催眠暗示」の装置として

 ベルが鳴ったらよだれを垂らすパブロフの犬のように、砂時計をひっくり返せば自然と集中状態になる。

 そんな、自己催眠をかける魔術的小道具のひとつとして、30分砂時計はなかなか面白い執筆支援アイテムなのではないかと思う。

 


BOJIN 30分砂時計(Amazon)

(了)

 

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サンタクロースと嘘つきの告白(掌編小説)

 

 老人は音もなく曲芸師のように、二階のバルコニーへと飛び降りる。

 クリスマスの静かな夜。ふんわり積もった雪が、老人のかすかな足音さえも吸い込んでしまう。

 赤色のもこもことした衣装を身にまとい、長い白髭を生やし、大きな白い袋を肩から提げた老人はにっこりと微笑んだ。

「この家が最後の《プレゼント》かな」

 外側からかんぬきを抜いて木窓を開けると、もう一枚のガラスの窓がある。窓の向こうは子ども部屋らしい。小さな女の子がベッドで眠っている姿が見えた。

 老人はふところから細くて長い、魔法の杖のようなものを取り出す。

「ふぉっふぉっふぉっ、メリークリスマス」

 

 二階の窓から子ども部屋へとうまく入り込み、ベッドへと目を向ける。女の子は首まで布団をかぶって、目を閉じている。

 起こさないように、そーっと部屋を見回す。月明かりにぼんやりと照らされるのは、ベッドと小さなテーブルしか置かれていない、少女が住まうには簡素すぎる部屋だった。

(はてな……)

 老人は白髭を手でさすりながら、首を傾げる。

(この家はお金持ちの住んでいる豪邸だと聞いたが、それにしては家具が少なすぎる。もしかすると子ども部屋は別にあって、ここは寝る専用の部屋なのだろうか)

 忍び足で移動し、ドアノブに手をかける。これまでに何百という子ども部屋に入ったが、ここは妙な違和感があった。

(家の調査をしなくては)

 ドアノブを回そうとすると、途中で何かが引っかかる。立て付けが悪いのだろうか、扉が開かない。

 そのとき――。

 

「おじいさん、だあれ?」

 びくっとして振り返る。

 先ほどまですやすやと眠っていたはずの女の子が、ベッドから身を起こして老人をじっと見つめていた。

「メリークリスマス。わしはサンタクロースじゃよ」

 目の前の少女を怖がらせないよう、静かにささやく。

 長年仕事をしていれば、こうした事態は時折ある。慌てないことが大切だ。

 老人は肩に提げていた白い袋を降ろし、中から四角い包みを取り出した。色鮮やかな包装紙とリボンで装飾された、四角い箱である。

「よい子には、すてきなプレゼントをあげよう」

 身をかがめて女の子と目線を合わせ、箱を差し出す。中にはテディベアのぬいぐるみが入っている。

 しかし女の子は顔を窓の方へ向けて、また質問をした。

「どうやって入ってきたの? 鍵がかかっているのに」

 女の子のブロンドで美しい髪が、月明かりに反射する。賢そうなエメラルドグリーンの瞳だった。

 まったく子どもは好奇心旺盛だからなぁ、と老人は少し困ったように白髭をさする。

「最近の家は煙突がないからの、そこの窓から入ってきたんじゃ。この魔法のステッキを使えば、鍵を外側から開けるくらいは簡単じゃよ」

 ふところから細長い棒を取り出して見せてやると、女の子は目を輝かせて「すごーい」と小さな声で呟いた。

「それじゃ、わしはそろそろ次の子どもにプレゼントを渡しに行かねばならん。お嬢ちゃんも良いクリスマスを」

 しかし女の子は差し出される包みを前に、首を横に振った。

「受け取れないよ。だってわたしは嘘つきだもん。サンタクロースなんて大っきらいだし、プレゼントなんてほしくない」

 思ってもみなかったセリフを返されて、老人はびっくりする。今までこんな子どもに出会ったのは初めてだ。

「こらこら、サンタをからかってはダメじゃよ。もしお嬢ちゃんが嘘つきで悪い子だって言うなら、プレゼントは渡せないなぁ」

 老人はプレゼントの箱を袋のなかに戻すと、ずっしりとした重みのあるその袋を肩によいしょと担ぐ。

 長年の経験が告げる。この家には長居しない方が良さそうだ。子どもに姿を見られた時点で、ミッション失敗である。

「さよならじゃ」

 

 窓の縁に手をかけたとき、女の子が「待って」と短く言って、老人に飛びついてきた。拍子にバランスを崩し、白い袋を床に落としてしまう。

 袋のなかから先ほどのプレゼント包みと一緒に、札束や宝石や金貨の類いがこぼれ落ちた。

「わーい、お宝がいっぱいあるー」

 女の子はすかさず袋に駆け寄って、中を覗く。

「おいこのクソガキ!」

 老人は静かに怒鳴って、女の子の頭をひっぱたく。しかし女の子の首筋に青い痣ができてしまったのを見て取ると、すぐに後悔した。

 女の子は床にしゃがみ込んで涙目で頭を抱えている。

「す、すまん。そんなに強く叩くつもりはなかったんじゃ」

 おろおろと手を差し伸べると、女の子がキッと睨み付けてきた。

「わたしは嘘つきだから、サンタさんなんて嫌いだもん!」

 

 すぐにドタドタと足音が聞こえ、ガチャリ、と音がする。ドアが勢いよく開いた。

「どうした! 何があった!」

 入ってきた背の高い男性が、声をあげる。男は老人の姿を見つけると、腰のホルスターから拳銃を抜いて老人へと向けた。

「誰だおまえは! どこから入ってきた!」

 女の子は泣き声をあげて男に抱きつく。

「パパー」

 パパと呼ばれた男は、もう片方の手で優しく女の子の髪を撫でた。

「よしよし僕の大切なメアリー。大丈夫かい? あの不審者に変なことはされなかったかい?」

 女の子は大きく頷く。

「うん、何もされなかったよ! わたしの優しいパパ! 大好き!」

 少女の元気な返答に、男もほっとため息をつく。

「よい子だ。不審者はパパがやっつけるからね。安心するんだ」

 女の子は首を横に振る。

「ううん、あの人はサンタクロースだよ。プレゼントを届けに来たんだって」

 しかし男は拳銃を老人に向けたまま、低い声で言った。

「いいや、違うさメアリー。彼はわるーい大悪党さ。サンタクロースなんかじゃあ、ない」

 銃口を突きつけられた老人は、しぶしぶと両手を挙げる。

「すまんなお嬢ちゃん。嘘つきはわしの方じゃったよ」

 老人は観念する。まさかこんなところで自分の仕事が終わってしまうことになるとは思わなかった。

 しかし部屋に入ったときから違和感はあった。少女の言動もおかしかった。

 きっとそれは、時間稼ぎをして老人を捕まえるための、罠に違いなかったのだ。

「新聞で読んだことがあるぞ。クリスマスの夜にサンタクロースの格好をして、泥棒を働くやつがいるってね。サンタ姿で堂々と街を歩けば、誰もその白い袋のなかに、盗んだ金や宝石が入っているとは疑わない。部屋に忍び込んだときに子どもに姿を見られても、サンタクロースと名乗れば事なきを得る。それに子どもはサンタが部屋に入ってきても、ふつうは寝たふりをするからね。サンタクロース泥棒とは、うまいことを考えたもんだな」

 男が饒舌に語る。

「そうじゃ、わしはサンタじゃない。ただの泥棒じゃよ」

 老人は両手を挙げたまま、降参の意思を示す。長いこと悪事を続けていれば、どこかでその報いが来ることは分かっていた。

「でもおじいさんはサンタだよ! だって、魔法のステッキを持ってるもん」

「魔法のステッキ?」

 男はいぶかしげに眉をひそめる。

 老人は敵意を見せないゆっくりとした動作で、ふところから細長い棒を取り出し二人に見せる。

「夢を壊すようですまんが、こいつはピッキングのための道具じゃ。魔法でも何でも無い、窓を外側から開けるための工具じゃよ」

 男はそれを聞いて馬鹿にしたように、ふんと息をならす。

「ねぇ、パパ。わたしの優しいパパなら、サンタさんを許してあげて。クリスマスに警察なんて呼ばれたくないし、今夜は家から出たくない。パパと一緒にいたいの」

 抱きついて甘えた声を出す少女に、男もやれやれとため息をつく。

「わかったよメアリー。それならそのまま、このジジイには窓から出て行ってもらおうか」

 そして男は低い声で老人に指図する。

「そういうわけだから今すぐ出て行け。袋を置いてくのなら、今回限りは見逃してやる。もう二度と目の前に現れるな」

 老人は感謝のために頭を下げ、別れの言葉を言った。

「すまんの、お嬢ちゃん。さよならじゃ」

 

 背後から女の子の声がした。

「助かって良かったね、サンタさん」

 老人は窓の縁に脚をかける。雪が積もっているから、飛び降りたとしても骨折はしないだろう。それに天井からはロープも下ろしてある。

 万事休すかと思われたが、男が警察に通報しないのは不幸中の幸いだった。しかしどうしてか、胸に引っかかりを覚える。

(わたしは嘘つきだから、サンタさんなんて嫌いだもん!)

 頭のなかで言葉が反響する。女の子はどうして、自分のことを嘘つきだなんて言う必要があったのだろうか。

(いや……まさか、な……)

 老人は振り返り、男と、それから少女の姿をよく見る。少女のブロンドヘアに対して、男は赤毛だった。

「もしもお嬢ちゃんが嘘つきだっていうなら、さっきの言葉はまさか……」

 言いかけたそのとき、背中に悪寒が走る。

 縁から脚を外し、咄嗟に床に身を翻したのはほとんど直感による行動だった。

 瞬間、大きな銃声が響き、すぐ耳元を風が掠めた。銃口から煙が上がっている。気づけば左肩の服がぱっくりと裂け、真っ赤な血がじわりと広がった。鈍い痛みに、老人は思わず身をよろめかせる。

「ちっ、急所を外したか」

 男が老人を睨みつけている。

「そういやわしも新聞で読んだのを思い出した。このあたりでひとりの女の子が行方不明になった。人さらいがいるんじゃないか、とな」

「何のことだか。僕はただ、愛しの娘に危害を加えようとする泥棒を正当防衛で撃ち殺すだけだ」

「ならば、なぜ……」

 最後まで言い切ることはできなかった。なぜなら男が引き金に手をかけ、二発目の銃弾を放ったからだ。

 老人は曲芸師にような身さばきで跳躍し、ベッドに飛び移る。直後に銃弾が壁に穴を空けた。

 ならばなぜ、この部屋には窓にもドアにも外側から鍵がかかっていた。

(くっ、どうして早くに気づかなかったんじゃ)

 老人は歯噛みする。

 少女は袋の中に、老人が盗んだ札束や金貨が入っているのをたしかに見た。だからその時点で、正体がサンタでないことを知っていたはずだ。そうでなくとも、サンタが子どもの頭を叩くことなどあり得ない。

 にもかかわらず、少女は父親にこう報告したのだ。

『あの人はサンタクロースだよ。何もされなかったよ!』と。

 嘘は続いていたのだ。

 もし少女が、すべてのセリフで嘘をついていたのだとしたら。

 ベッドのクッションを利用して、老人は横へと飛ぶ。

「ええい、ちょこまかと! 老いぼれジジイが!」

 空中で身を翻して、三発目の銃弾を躱す。

「つまりお前は、この子の『優しいパパ』なんかじゃない!」

 ふところから取り出したピッキング工具を投げナイフのように投擲する。工具は男の手のひらに突き刺さり、男は悲鳴をあげて拳銃を取り落とした。

 すかさず老人は白い袋を男めがけて投げつけ、代わりに立ちすくんでいた女の子を抱きかかえる。即座に身体の向きを反転させた。

「逃げるぞ!」

「うん!」

 老人は女の子を背負ったまま、バルコニーから勢いよく飛び降りた。老人の長い長い泥棒生活のなかで、女の子を盗んだのは初めての経験だった。

 

 クリスマスの夜、雪がしんしんと降るなか、サンタクロースの姿をした老人が、少女をおぶさって歩いている。

「大丈夫か。寒くないかの?」

「ううん。サンタさんの服あったかいよ」

 真っ赤な羊毛の服に包まれて、女の子は心底ホッとしたように言った。

「ありがとう。嘘つきの告白に気づいてくれて」

 

 老人の思ったとおり、少女はあの男に誘拐され、監禁されていたのだった。窓にも部屋のドアにも外側から鍵をかけられ、少女は逃げることができなかった。

 首の痣は、サンタではなく男に暴力をふるわれてできたものだった。男は警戒心が強く、家のなかでも常に銃を持ち歩いていた。

 少女に逃げる術は、何一つなかった。

 何ヶ月と監禁生活が続き、希望を失いかけたクリスマスの夜に、サンタは現れたのだった。

 賢い少女は、老人が本当はサンタではなく泥棒であることをすぐに見抜いた。だからイチかバチかの小芝居を打って、老人が根っからの悪人かどうかを確かめた。

 物音に気づいた男がすぐに部屋へやってくることは分かっていたから、嘘つきになるしかSOSを発する手段がなかった。

 

「いや、礼を言うのはわしのほうじゃよ。わしは自分が、間違った道を歩んでいることにようやく気づいた。お嬢ちゃんのおかげじゃよ」

 

 クリスマスの次の日。

 行方不明の女の子が、家族の元へと帰ってきた。ニュースは、新聞やテレビで瞬く間に広まった。

 見出しには『少女生還! サンタクロースの奇跡!』の文字が躍る。

「わたしはサンタクロースに助けられたんです」と証言する少女。事件の顛末や誘拐犯逮捕の経緯は、ある種のドラマチックな出来事としてしばらく大衆の想像力をかき立てた。

 一方、老いぼれのサンタクロース泥棒が警察に出頭し、これまでの罪を自白したニュースは、新聞紙面の端っこの欄に追いやられた。

 人々は誰もそんなものに関心を示さず、ひとえに少女の無事を喜んだのだった。

 

(了)

カクヨムのGoogle Analyticsはウェブ小説の運営戦略に革命をもたらす

先日、Web小説界にひとつの革命が起きました。

カドカワの小説投稿サイト「カクヨム」に、作者がGoogle Analyticsを設定できるようになったのです。

繰り返しますが、これは革命です。何を大げさなと思われるかもしれませんが、Google Analyticsを入れられるようになったことで、Web小説の戦略性が大幅に上がりました。

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第2回カクヨムWeb小説コンテストに投稿した話と「読了率」について

月初めになると「今月はブログで◯◯PVを獲得して◯◯万円の収入が出ました!」という定例報告会のようなもので界隈が活気づく。PVはそのサイトが閲覧された回数のことを指し、ウェブコンテンツの《人気度》を表す指標としてよく用いられる。

PV重視は、ウェブ小説の世界であっても変わらない。

が――、私としては「PV数」よりも「読了率」の向上を目指すべきではないかと、この頃は考えている。ブログであっても、小説であっても。

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幼女 vs サンタクドウスル(第26回『短編小説の集い』参加作)

 クリスマスの夜。ユキはベッドに潜り込んで、寝たふりをする。

 多くの子どもたちがそうしたように、来訪者がやってくるのをそわそわと待っていた。

 やがてリン、リン、リン、と愉快な鈴の音が近づいてくる。鈴の音がユキのすぐ頭の上で《リン》と鳴り響いたような気がして、ユキは思わず目を開けた。

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文章にユーモアを与えるレトリック「誇張法」の使い方

誇張法はユーモアの修辞技法です。何かを大げさに表現することで文章に面白味を加える、あるいは語り手の心理・感情・思考を強調するときに使います。

たとえば常套句では、次のようなものが誇張法にあたります。

  • あまりの美味しさにほっぺたが落っこちそうになった
  • ラクダが針の穴を通り抜けるよりも、ずっと難しい
  • 風よりも速く駆けてきた
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原稿の推敲・校正・リライトを支援する8つの文章チェックツールを作りました!

お久しぶりです。タロットプロット広報担当の海鳥まきです。このたび、タロットプロットに8つの文章チェックツールを追加しました。

原稿の推敲・校正・リライト作業を支援するためのツールです。お役に立てるかどうかは分かりませんが、なかなかに面白いものができました。

(※記事投稿時は3種類でしたが、その後ツールが5つに増え、さらに8つに増えました!)

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「てにをは連想表現辞典」てにをは辞典との比較レビュー

さて、小説書きの辞書レビュー第二弾として今回は「てにをは連想表現辞典」をご紹介したい。てにをは連想表現辞典は(タイトルが紛らわしいものの)2010年出版の「てにをは辞典」の姉妹辞書にあたる。

結局のところ「てにをは連想表現辞典」と「てにをは辞典」は何が違うのか。どちらがおすすめなのか。購入を検討する人は悩むわけで、私も同じだった。

そこで私は(出版社の狙い通りか)両冊とも購入してしまったわけだけれども、当記事では2つの辞書を比較していこう。

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ショートショートのネタ出しに最適の「即席アイデアメーカー」を作りました!

ショートショートを書く秘訣

ショートショートで面白い話を考えるには、とにかくたくさんのネタを出していくことが大切です。100のアイデアがあったとしたら、そのなかで使えるのは1か2くらい。良いアイデアを見つける秘訣は、圧倒的な《量》のなかから《質》で厳選することです。

量より質でもなく、質より量でもない。量×質なのです。

では数多くの創作ネタを見つけるためにはどうすれば良いのか。

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