ときまき!

謎の創作集団による、狂気と混沌の執筆バトル。

出典無き名言集サイトと、正しい「引用」についての話

正しく「引用」する名言集サイトをつくったら儲かると思うんやけどね。

つくると言っても簡単で、偉人の名言のあとに出典書籍のAmazonアソシエイトリンクを貼り付けて、引用元ページ番号を記載してくれたらそれだけで良いんや。

したら閲覧者も本買ってくれるし、サイト運営者にはAmazonアソシエイト報酬がガッポガッポ入ってくるんやな。(知らんけど!)

でも、それやってる名言集サイトを見たことがない。

何故か?

それは(肝心の)名言の出典元が分からないからなんや。

 

出典無き「引用」は、もはや引用ではない

よくある勘違いの例として、次のような引用をよく見かける。

怪物と戦う者は、自分もそのため怪物とならないように用心するがよい。そして、君が長く深淵を覗き込むならば、深淵もまた君を覗き込む。

(ニーチェ)

これは引用ではないんやね。

ニーチェが本当に上のようなことを言ったのかどうか、情報が少なすぎて確認する手立てがないんや。

もちろん邦訳されているニーチェに関する著作を片っ端から調べれば引用箇所は見つかるかもしれん。けど、実質不可能に近い。

名言の真偽が確かめられない以上、その引用は「虚偽」と判断するしかないのんね。

出典無き引用は無価値やし、間違った情報を広めてしまう危険性がある。

 

訳者は必須情報

ではこれならどうか。

怪物と戦う者は、自分もそのため怪物とならないように用心するがよい。そして、君が長く深淵を覗き込むならば、深淵もまた君を覗き込む。

(引用:ニーチェ『善悪の彼岸』)

著者名と著作名、必要最低限の情報はあって、これならなんとか気合いを入れれば真偽を検証することができる。

せやけど完璧な引用だとは云い難い。

ニーチェの『善悪の彼岸』はいろんな翻訳が出回っていて、訳し方がぜんぜん違う。同じ『善悪の彼岸』でも次のような様々な訳書がある。

(訳者/出版社/文庫名/出版年)
  • 中山 元/光文社/光文社古典新訳文庫/2009年
  • 信太 正三/筑摩書房/ちくま学芸文庫(ニーチェ全集11)/1993年
  • 木場 深定/岩波書店/岩波文庫/1970年
  • 竹山 道雄/新潮社/新潮文庫/1954年

正しい引用の方法

上記を踏まえて正しい引用の方法を示すと、以下のような感じになるで。

怪物と戦う者は、自分もそのため怪物とならないように用心するがよい。そして、君が長く深淵を覗き込むならば、深淵もまた君を覗き込む。

(引用:ニーチェ『善悪の彼岸』木場深定 訳、岩波書店[岩波文庫]、1970年、p.120[第4章 箴言と間奏 一四六])

 

これだけの情報があれば、読者は100%の精度で引用該当箇所を探り当てることができる。とにかく出典情報が正確に伝わりさえすれば大丈夫。論文やないから形式をそこまで気にする必要はない。

必須情報

  • 著者名
  • 書籍名
  • 訳者名
  • 出版社

できれば欲しい情報

  • 出版年(第1刷の発行年)
  • 文庫名
  • 引用該当箇所の章題
  • 引用該当箇所のページ番号

同じ出版社からいろんなバージョンのものが出版されているようなとき、出版年や文庫名が分かると嬉しい。改訂されて内容変わってるかもしれへんし。

章題やページ番号は、名言集サイトであれば欲しい情報。引用箇所を探して原典を参照したい。

小説紹介での引用であれば、ページ番号や章題はかえってネタバレになってしまうこともあるので、無くてもええかなって感じ。

(小説書評では興味を持った読者がその書籍をすべて読むことが前提となる。対して名言集の場合は、読者は出典から該当箇所だけを探し出したい)

ぶっちゃけAmazonアソシエイトリンクを貼ってくれれば、どの本からの引用なのかは一目瞭然なのでありがたい。名言を引用する場合はさらに付加情報として、ページ番号が知りたいかな。

あと名言の引用ゆうても、出典元が『名言集の本』なのはやっちゃ駄目なパターン。

一次ソースや原典を示すものでなければ、意味がない。それに引用のさらに引用は、誤った情報を広めてしまう可能性があるので避けるべき。

 

著作権について

著作権と、引用の主従関係には気を使う必要がある。

著作権法は、著作者の財産権を守るためのもの。ゆえに引用が著作者の利益を侵害しないことが一番重要なんや。

つまりは、著作者が【独占的に】著作物を使用して、利益を受ける権利を害してはいけない。

 

自分でつくったものは、基本的には自分だけが独占して使えなければ困る。(そうでなければ、パクられ損になる。あと創作のモチベーションが下がる※重要)

本の引用にせよ要約にせよ、明らかにやり過ぎな場合は『著作者が独占して著作物を使用する権利』を侵害する行為になってしまうんやな。(マンガの要約ネタバレ、画バレサイトなどがこの典型例。オリジナルコンテンツのない名言集サイトはどないやろ、微妙かな。名言引用に対して、サイト運営者による解説記事が付いていれば文句のつけようがないんやけどね)

 

言い方が悪いけども、要は「俺のつくったものは俺のもの」であり、当然ながら自分のもんを独り占めする権利がある。他人が勝手に使ったらあかんよって話。

引用が許されるのは、それによって言論・芸術・創作・研究が活発になり、人類の文化発展に寄与するという、社会的な利益が大きいからなんやね。

せやから本文と引用部分との主従関係をはっきりさせなければならんというのは、引用の助けを借りて新たに創造したコンテンツに何らかの文化的価値が生まれることが期待されているのであり、単に「本文のほうが文字数多いで」とか「ちょっと要約&リライトして原文とは違う文章にしたで」ではまったく無意味なんやね。

新たな価値を創造すること!!

 

著作権への配慮はもちろん。

引用における出典明示は、読者にとって極めて有意義で価値のある情報となるんや。

出典大切! ということをこの記事で伝えたかった。

とくに偉人の名言引用は、出典不明の情報がネット上に出回っとる。

せやから、出典元を教えてくれるだけで本当にめちゃくちゃ助かるし、ありがたい。

卒論やレポートの資料探ししている学生にとっても、実に役立つ。

追記

明示引用のレトリック

じつは、名言を借用するときは絶対に出典明記しなければならないかというと、必ずしもそうとは限らない。

具体例を出してみるで。

ニイチェの「神は死んだ」も、スチルネルの「神は幽霊だ」を顧みれば、古いと云わなくてはならない。これも超人という結論が違うのである。

(引用:森鴎外 沈黙の塔[青空文庫])

この『ニイチェの「神は死んだ」 も……』の部分は、明示引用というレトリックなんやね。このように、小説やマンガの文章のなかで著作名を省略して引用するケースはよくある。

ニーチェの『神は死んだ』は著作『悦ばしき知識』(1882年)のなかの1フレーズとして知られとるけども、わざわざそう書かなくとも『神は死んだ』というニーチェの概念は一般的に広く知れ渡っている。(正しく認識されているかはさておき)

借用する言葉の出典が自明なとき、例のように簡易的に明示引用することは珍しくない。

暗示引用のレトリック

さらには、誰が述べた言葉かさえも、明らかにしないケースがある。例えばこんなふうに。

しかしパウロが偶像を滅尽し得なかったように、近代の偶像破壊者もまた神を滅尽することはできない。「神は死んだ」という喧しい宣言のあとで、神を求むる心は忍びやかに人々の胸に育って行く。

(引用:和辻哲郎 『偶像再興』序言 [青空文庫])

上記では「神は死んだ」がニーチェの言葉であることを示してさえいない。

けれども、読者にとってはこれがニーチェを指すものであることは、もはや示すまでもなく明らかな事実である。

このようなレトリックを暗示引用って言うんやな。これは『神は死んだ』ほどの有名なフレーズだからこそ許容されるレトリックであって、まったく誰も知らないようなフレーズを勝手に暗示引用して使うのはご法度。というか「剽窃」と区別がつかなくなる。

あとは引喩、パロディ、文体模写、直接/間接引用、伝聞法などなど、このあたりのレトリックについて話し出すと切りがないので省略。けっこう著作権絡みで考えると難しい問題で、でもまぁ有名なフレーズに関してはそこまでシビアに考える必要はないやろって感じ。

あー、そしたら冒頭の『~深淵もまた君を覗き込む』レベルの有名フレーズだったら(名言集サイトでないのであれば)出典省略可かもしれへんね。(記事内の自己矛盾に悩む)

このあたりのさじ加減は難しいのんやけど、ただ出典あった方が読者が便利なときは、出典を入れて欲しい。著作者が存命中の場合も、とくに出典明記には気を使いたいところ。

 

どっちにせよ著作権への配慮は必要なのだけれども、縛られすぎずに常識の範囲内で引用したら大丈夫やと思うで。少なくとも「剽窃」と間違われる使い方だけは絶対に避ける。

 

まとめ

  • 出典不明の名言集は、情報の真偽が確かめられない以上、信じることができない。(誰が言ったかだけでは調べようがない)
  • 偉人の名言・格言集のサイトでは、出典のAmazonリンクつけとけば儲かるのにやってないサイトがほとんど。(もったいない)
  • 翻訳者、出版社、ページ番号も重要な情報である。(名言を検索する人は、引用した箇所を探して、原典の書籍を読みたいと考えている)
  • 名言・格言・台詞の引用は、とにかく出典をはっきりさせて欲しい。出典こそが読者にとっては最も重要な情報である。(ソース欲しい)
参考文献


善悪の彼岸 (岩波文庫)/Amazon

(おわり)


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