短編小説の集い 第14回「食」の感想
短編小説の集い 第14回、テーマは「食」でした。
簡単にではありますが、参加者さんの投稿作品の感想を書いていきたいと思います。
ネタバレがあるため「まだ読んでないよー」という方は、上の投稿作品一覧から先に作品を読むことをおすすめします。
短評
奥さんと旦那さんの人物描写が良かったです。
積み上げられた本のなかに倒れてそれでもページを繰る手を止めない旦那さん。「今いいところなんだ、邪魔しないでくれ」と繰り返される言葉が、旦那さんの人物像に色濃く印象を与えます。
旦那さんの「~邪魔しないでくれ」は作中に2回登場しますが、1回目の台詞では(嗚呼、奥さん気の毒に。旦那さんはきっと冷たい人なんだな)と読者に想像させる。そして2回目の台詞では(いやいや、旦那さんは純粋に本に夢中になっているだけの読書狂じゃないか)と認識を訂正させる。旦那さんがどんな人物であるかの説明の運びが、とても丁寧で分かりやすいと感じました。
あと奥さんの心理描写はユーモアがありますね。「今いいところなんだ、邪魔しないでくれ」を勘ぐって、ほんとは夢中になっているのは本ではなくてよその女では?と疑ってみたり、本とスープとを対比させて(本は冷めないのだから先にスープを飲んでよ!)と思ったり、そういった奥さんの内面の描き方が面白かったです。
オチは短編小説らしい、最後にフフッと笑わせてくれる後味の良い読後感です。
SF!と思って読み進めていたのですが『航海日誌七日目』以降の驚きの急展開で、読後感としてはとってもホラーな感じの作品でした。ホラー大好きです。
最後の一文は、なかなか余韻を残しますね。船が地球に到着し、人類がその《ギフト》と出会ったとき、それはもう人類滅亡の幕開けにすぎないのでしょう。
ホラー作品として見た場合に、物語のスパイスとなっているのが「ハミングと音楽」個人的にはこのハミングの描写が醸しだす恐怖・不気味感というのは圧倒的だと感じます。こう、頭から葉っぱが生えたり、顔がだんだん真っ赤になっていったり、そういうのもビジュアル的には怖いのですが「ハミングを口ずさむ」というのは脳の内側から揺さぶられる《侵食》を意味しますから、そりゃもう恐ろしい。
私たち人間は美味しい食べ物を食べて、幸せになりますし、身体の成分は「食べたもの」によって構成されます。換言すれば「食べものに侵食されている」わけで、そんなことを考えながら読んでいました。
『ケイ』は魅力的なキャラクターでした。主人公と一夜を過ごすシーンは、うまい感じにさらっと描写するなぁと。ケイが当初、フェーヤを偽造信号で操ることに反対するところなどは、彼女の《自由》に重きを置く思想が反映されていて、細かい伏線ではありますが丁寧だと感じました。
ひとつ気になったのが『ティンカー』です。ティンカーは5日目以降は登場しないので、その後どうなったのだろう、と。ティンカーがちゃんと2人に警告してくれていれば惨劇は防げたのでしょうが、科学の結晶たる優秀な頭脳も『人間の自由への飽くなき欲求』までもは止めることができなかったようです。
実際のカボチャ料理の描写に絡めて、カボチャをメタファーとして用いた会話が続き、ふむふむなるほどと思いながら読み進めていました。とくに、3段落に渡って描かれている「カボチャのポタージュ」「パンプキンパイ」「カボチャのプリン」ですね。これはヨダレが出てきそうな美味しい描写で、勉強になりました。
カボチャといえば、よく大勢の前でスピーチをしなければならない緊張するシーンで『聴衆をみんなカボチャだと思え!』みたいに言いますね。作中の主人公は、対人恐怖が重く、カボチャでさえも人の顔に見えてきて薄っすらとした恐怖を覚えてしまう。私もどちらかと言えば神坂茜タイプの人間なので、彼女には共感します。
ところで、最後の方でびっくりしたのですが、乾さん『私が彼を退職させましたから』ってさらっとスゴイ発言をしている……。乾さんも会社で懸命に戦っていたのだなぁと感じました。
テーマ「食」の切り口が斬新だったことと、あと《食通の客》がかっこ良かったです。料理の注文の仕方で食通であると《解る》というのは、初めて知りました。
私はフランス料理店は行ったことがなく、テーブル・マナーもメニューもまったく分からないのですが(フランス料理を訊かれて『エ、エスカルゴ?』とかろうじて答えられるくらい)、なるほどそういう世界もあるのだなぁ、と興味をそそられると共に、美食家への憧憬の念を感じるところです。
作中では「店主が美食家の前に、まず食前酒のリストを広げたこと(それを店主は失礼な振る舞いをしたと恥じている)」「訪れた客が、食前にコーヒーを注文している(フルコースのコーヒーは食後だと思っていました)」この2つの、繋がりのある描写がいわゆる《通にしか解らないセカイ》なのだと感じ取りました。いやしかし、注文票を見ただけで相手の食通レベルがわかる、というのは面白いです。
「食客(しょっかく)」は意味を知らなかったので辞書を引きましたが、なるほど、勉強になりました。面白い切り口です。描写が丁寧で、リアリティのレベルの高い作品でした。
ミスリードした箇所がいくつかありました。冒頭から七段落目まで語り手(私とボクが混在?)の年齢を16~18歳程度と思い込んでいたこと、『シホ』を小~中学生くらいだと思い込んでいたことです。(シホの、ビールと口紅の描写のくだりで、各登場人物の年齢を誤読していたことに気が付きました)
祖父がタクシーを運転していて『先生』と出会ってからのエピソード。とても引きこまれまして、ドラマを見ているような感覚でした。バックミラー越しに為される会話と車内の空気が、こちらにも伝わってきました。物語としては長編にもできそうで、続きがあるならばもっと読んでみたいなと思える読後感です。
恋、ですね。どこか読んでいて緊張感の走るような、静かであるのにドキドキとする描写です。『私』が水羊羹を食べる姿は描かれていましたが、『先輩』が水羊羹を食べる描写はないため、先輩が水羊羹をどのように味わって食べていたかは想像するところです。
お嬢さんの心をこめた隠し味に気づけるのが、先輩ではなく私だという点が切ないですね。時代としては昔の話ではあるものの、想起されるのはバレンタインのチョコレートで、今も昔も恋は変わらず。
人物の象徴としては
- 私→柘榴の実(甘酸っぱく/やがて木とは離ればなれになる)
- 先輩→柘榴の木(逞しく/鈍感で)
- お嬢さん→水羊羹(純真に一途で/先輩には味が届かず)
と私は解釈しましたが、このようにさまざまな想像をさせる書き方が良かったです。
自作品。
三人称文体を克服するひとつのきっかけが掴めたと感じています。
上達を目指したいです。
読みやすかったです。
ナイフとフォークを使って食べる魚料理…! これはいきなり出されたら悩みますね。(フォークで骨とかどうやって取れば……)
せっちゃんの家での体験談がメインですが、それに対する主人公のものの捉え方(フカシ芋で十分だ、ワインの話、寝るときの話…etc)で、主人公のふだんの家庭環境が明確な解像度を伴って浮かび上がります。
最後、主人公は歳を取っていて、遠い過去を回想する形であったことがわかります。積み重なる人生のなかでさまざまな出来事があり、ビスケットを見るたびに主人公はその記憶を思い出して、ほろ苦い感傷に耽っていたのかなぁと感じるところです。
(終わり)