ときまき!

謎の創作集団による、狂気と混沌の執筆バトル。

サンタクロースと嘘つきの告白(掌編小説)

 

 老人は音もなく曲芸師のように、二階のバルコニーへと飛び降りる。

 クリスマスの静かな夜。ふんわり積もった雪が、老人のかすかな足音さえも吸い込んでしまう。

 赤色のもこもことした衣装を身にまとい、長い白髭を生やし、大きな白い袋を肩から提げた老人はにっこりと微笑んだ。

「この家が最後の《プレゼント》かな」

 外側からかんぬきを抜いて木窓を開けると、もう一枚のガラスの窓がある。窓の向こうは子ども部屋らしい。小さな女の子がベッドで眠っている姿が見えた。

 老人はふところから細くて長い、魔法の杖のようなものを取り出す。

「ふぉっふぉっふぉっ、メリークリスマス」

 

 二階の窓から子ども部屋へとうまく入り込み、ベッドへと目を向ける。女の子は首まで布団をかぶって、目を閉じている。

 起こさないように、そーっと部屋を見回す。月明かりにぼんやりと照らされるのは、ベッドと小さなテーブルしか置かれていない、少女が住まうには簡素すぎる部屋だった。

(はてな……)

 老人は白髭を手でさすりながら、首を傾げる。

(この家はお金持ちの住んでいる豪邸だと聞いたが、それにしては家具が少なすぎる。もしかすると子ども部屋は別にあって、ここは寝る専用の部屋なのだろうか)

 忍び足で移動し、ドアノブに手をかける。これまでに何百という子ども部屋に入ったが、ここは妙な違和感があった。

(家の調査をしなくては)

 ドアノブを回そうとすると、途中で何かが引っかかる。立て付けが悪いのだろうか、扉が開かない。

 そのとき――。

 

「おじいさん、だあれ?」

 びくっとして振り返る。

 先ほどまですやすやと眠っていたはずの女の子が、ベッドから身を起こして老人をじっと見つめていた。

「メリークリスマス。わしはサンタクロースじゃよ」

 目の前の少女を怖がらせないよう、静かにささやく。

 長年仕事をしていれば、こうした事態は時折ある。慌てないことが大切だ。

 老人は肩に提げていた白い袋を降ろし、中から四角い包みを取り出した。色鮮やかな包装紙とリボンで装飾された、四角い箱である。

「よい子には、すてきなプレゼントをあげよう」

 身をかがめて女の子と目線を合わせ、箱を差し出す。中にはテディベアのぬいぐるみが入っている。

 しかし女の子は顔を窓の方へ向けて、また質問をした。

「どうやって入ってきたの? 鍵がかかっているのに」

 女の子のブロンドで美しい髪が、月明かりに反射する。賢そうなエメラルドグリーンの瞳だった。

 まったく子どもは好奇心旺盛だからなぁ、と老人は少し困ったように白髭をさする。

「最近の家は煙突がないからの、そこの窓から入ってきたんじゃ。この魔法のステッキを使えば、鍵を外側から開けるくらいは簡単じゃよ」

 ふところから細長い棒を取り出して見せてやると、女の子は目を輝かせて「すごーい」と小さな声で呟いた。

「それじゃ、わしはそろそろ次の子どもにプレゼントを渡しに行かねばならん。お嬢ちゃんも良いクリスマスを」

 しかし女の子は差し出される包みを前に、首を横に振った。

「受け取れないよ。だってわたしは嘘つきだもん。サンタクロースなんて大っきらいだし、プレゼントなんてほしくない」

 思ってもみなかったセリフを返されて、老人はびっくりする。今までこんな子どもに出会ったのは初めてだ。

「こらこら、サンタをからかってはダメじゃよ。もしお嬢ちゃんが嘘つきで悪い子だって言うなら、プレゼントは渡せないなぁ」

 老人はプレゼントの箱を袋のなかに戻すと、ずっしりとした重みのあるその袋を肩によいしょと担ぐ。

 長年の経験が告げる。この家には長居しない方が良さそうだ。子どもに姿を見られた時点で、ミッション失敗である。

「さよならじゃ」

 

 窓の縁に手をかけたとき、女の子が「待って」と短く言って、老人に飛びついてきた。拍子にバランスを崩し、白い袋を床に落としてしまう。

 袋のなかから先ほどのプレゼント包みと一緒に、札束や宝石や金貨の類いがこぼれ落ちた。

「わーい、お宝がいっぱいあるー」

 女の子はすかさず袋に駆け寄って、中を覗く。

「おいこのクソガキ!」

 老人は静かに怒鳴って、女の子の頭をひっぱたく。しかし女の子の首筋に青い痣ができてしまったのを見て取ると、すぐに後悔した。

 女の子は床にしゃがみ込んで涙目で頭を抱えている。

「す、すまん。そんなに強く叩くつもりはなかったんじゃ」

 おろおろと手を差し伸べると、女の子がキッと睨み付けてきた。

「わたしは嘘つきだから、サンタさんなんて嫌いだもん!」

 

 すぐにドタドタと足音が聞こえ、ガチャリ、と音がする。ドアが勢いよく開いた。

「どうした! 何があった!」

 入ってきた背の高い男性が、声をあげる。男は老人の姿を見つけると、腰のホルスターから拳銃を抜いて老人へと向けた。

「誰だおまえは! どこから入ってきた!」

 女の子は泣き声をあげて男に抱きつく。

「パパー」

 パパと呼ばれた男は、もう片方の手で優しく女の子の髪を撫でた。

「よしよし僕の大切なメアリー。大丈夫かい? あの不審者に変なことはされなかったかい?」

 女の子は大きく頷く。

「うん、何もされなかったよ! わたしの優しいパパ! 大好き!」

 少女の元気な返答に、男もほっとため息をつく。

「よい子だ。不審者はパパがやっつけるからね。安心するんだ」

 女の子は首を横に振る。

「ううん、あの人はサンタクロースだよ。プレゼントを届けに来たんだって」

 しかし男は拳銃を老人に向けたまま、低い声で言った。

「いいや、違うさメアリー。彼はわるーい大悪党さ。サンタクロースなんかじゃあ、ない」

 銃口を突きつけられた老人は、しぶしぶと両手を挙げる。

「すまんなお嬢ちゃん。嘘つきはわしの方じゃったよ」

 老人は観念する。まさかこんなところで自分の仕事が終わってしまうことになるとは思わなかった。

 しかし部屋に入ったときから違和感はあった。少女の言動もおかしかった。

 きっとそれは、時間稼ぎをして老人を捕まえるための、罠に違いなかったのだ。

「新聞で読んだことがあるぞ。クリスマスの夜にサンタクロースの格好をして、泥棒を働くやつがいるってね。サンタ姿で堂々と街を歩けば、誰もその白い袋のなかに、盗んだ金や宝石が入っているとは疑わない。部屋に忍び込んだときに子どもに姿を見られても、サンタクロースと名乗れば事なきを得る。それに子どもはサンタが部屋に入ってきても、ふつうは寝たふりをするからね。サンタクロース泥棒とは、うまいことを考えたもんだな」

 男が饒舌に語る。

「そうじゃ、わしはサンタじゃない。ただの泥棒じゃよ」

 老人は両手を挙げたまま、降参の意思を示す。長いこと悪事を続けていれば、どこかでその報いが来ることは分かっていた。

「でもおじいさんはサンタだよ! だって、魔法のステッキを持ってるもん」

「魔法のステッキ?」

 男はいぶかしげに眉をひそめる。

 老人は敵意を見せないゆっくりとした動作で、ふところから細長い棒を取り出し二人に見せる。

「夢を壊すようですまんが、こいつはピッキングのための道具じゃ。魔法でも何でも無い、窓を外側から開けるための工具じゃよ」

 男はそれを聞いて馬鹿にしたように、ふんと息をならす。

「ねぇ、パパ。わたしの優しいパパなら、サンタさんを許してあげて。クリスマスに警察なんて呼ばれたくないし、今夜は家から出たくない。パパと一緒にいたいの」

 抱きついて甘えた声を出す少女に、男もやれやれとため息をつく。

「わかったよメアリー。それならそのまま、このジジイには窓から出て行ってもらおうか」

 そして男は低い声で老人に指図する。

「そういうわけだから今すぐ出て行け。袋を置いてくのなら、今回限りは見逃してやる。もう二度と目の前に現れるな」

 老人は感謝のために頭を下げ、別れの言葉を言った。

「すまんの、お嬢ちゃん。さよならじゃ」

 

 背後から女の子の声がした。

「助かって良かったね、サンタさん」

 老人は窓の縁に脚をかける。雪が積もっているから、飛び降りたとしても骨折はしないだろう。それに天井からはロープも下ろしてある。

 万事休すかと思われたが、男が警察に通報しないのは不幸中の幸いだった。しかしどうしてか、胸に引っかかりを覚える。

(わたしは嘘つきだから、サンタさんなんて嫌いだもん!)

 頭のなかで言葉が反響する。女の子はどうして、自分のことを嘘つきだなんて言う必要があったのだろうか。

(いや……まさか、な……)

 老人は振り返り、男と、それから少女の姿をよく見る。少女のブロンドヘアに対して、男は赤毛だった。

「もしもお嬢ちゃんが嘘つきだっていうなら、さっきの言葉はまさか……」

 言いかけたそのとき、背中に悪寒が走る。

 縁から脚を外し、咄嗟に床に身を翻したのはほとんど直感による行動だった。

 瞬間、大きな銃声が響き、すぐ耳元を風が掠めた。銃口から煙が上がっている。気づけば左肩の服がぱっくりと裂け、真っ赤な血がじわりと広がった。鈍い痛みに、老人は思わず身をよろめかせる。

「ちっ、急所を外したか」

 男が老人を睨みつけている。

「そういやわしも新聞で読んだのを思い出した。このあたりでひとりの女の子が行方不明になった。人さらいがいるんじゃないか、とな」

「何のことだか。僕はただ、愛しの娘に危害を加えようとする泥棒を正当防衛で撃ち殺すだけだ」

「ならば、なぜ……」

 最後まで言い切ることはできなかった。なぜなら男が引き金に手をかけ、二発目の銃弾を放ったからだ。

 老人は曲芸師にような身さばきで跳躍し、ベッドに飛び移る。直後に銃弾が壁に穴を空けた。

 ならばなぜ、この部屋には窓にもドアにも外側から鍵がかかっていた。

(くっ、どうして早くに気づかなかったんじゃ)

 老人は歯噛みする。

 少女は袋の中に、老人が盗んだ札束や金貨が入っているのをたしかに見た。だからその時点で、正体がサンタでないことを知っていたはずだ。そうでなくとも、サンタが子どもの頭を叩くことなどあり得ない。

 にもかかわらず、少女は父親にこう報告したのだ。

『あの人はサンタクロースだよ。何もされなかったよ!』と。

 嘘は続いていたのだ。

 もし少女が、すべてのセリフで嘘をついていたのだとしたら。

 ベッドのクッションを利用して、老人は横へと飛ぶ。

「ええい、ちょこまかと! 老いぼれジジイが!」

 空中で身を翻して、三発目の銃弾を躱す。

「つまりお前は、この子の『優しいパパ』なんかじゃない!」

 ふところから取り出したピッキング工具を投げナイフのように投擲する。工具は男の手のひらに突き刺さり、男は悲鳴をあげて拳銃を取り落とした。

 すかさず老人は白い袋を男めがけて投げつけ、代わりに立ちすくんでいた女の子を抱きかかえる。即座に身体の向きを反転させた。

「逃げるぞ!」

「うん!」

 老人は女の子を背負ったまま、バルコニーから勢いよく飛び降りた。老人の長い長い泥棒生活のなかで、女の子を盗んだのは初めての経験だった。

 

 クリスマスの夜、雪がしんしんと降るなか、サンタクロースの姿をした老人が、少女をおぶさって歩いている。

「大丈夫か。寒くないかの?」

「ううん。サンタさんの服あったかいよ」

 真っ赤な羊毛の服に包まれて、女の子は心底ホッとしたように言った。

「ありがとう。嘘つきの告白に気づいてくれて」

 

 老人の思ったとおり、少女はあの男に誘拐され、監禁されていたのだった。窓にも部屋のドアにも外側から鍵をかけられ、少女は逃げることができなかった。

 首の痣は、サンタではなく男に暴力をふるわれてできたものだった。男は警戒心が強く、家のなかでも常に銃を持ち歩いていた。

 少女に逃げる術は、何一つなかった。

 何ヶ月と監禁生活が続き、希望を失いかけたクリスマスの夜に、サンタは現れたのだった。

 賢い少女は、老人が本当はサンタではなく泥棒であることをすぐに見抜いた。だからイチかバチかの小芝居を打って、老人が根っからの悪人かどうかを確かめた。

 物音に気づいた男がすぐに部屋へやってくることは分かっていたから、嘘つきになるしかSOSを発する手段がなかった。

 

「いや、礼を言うのはわしのほうじゃよ。わしは自分が、間違った道を歩んでいることにようやく気づいた。お嬢ちゃんのおかげじゃよ」

 

 クリスマスの次の日。

 行方不明の女の子が、家族の元へと帰ってきた。ニュースは、新聞やテレビで瞬く間に広まった。

 見出しには『少女生還! サンタクロースの奇跡!』の文字が躍る。

「わたしはサンタクロースに助けられたんです」と証言する少女。事件の顛末や誘拐犯逮捕の経緯は、ある種のドラマチックな出来事としてしばらく大衆の想像力をかき立てた。

 一方、老いぼれのサンタクロース泥棒が警察に出頭し、これまでの罪を自白したニュースは、新聞紙面の端っこの欄に追いやられた。

 人々は誰もそんなものに関心を示さず、ひとえに少女の無事を喜んだのだった。

 

(了)


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