ときまき!

謎の創作集団による、狂気と混沌の執筆バトル。

超能力に憧れた少年が、明晰夢中毒になった話。

超能力が一大ブームとなった年、子供たちはスプーン曲げに夢中になった。当時小学生の僕も例外ではない。あの幼き日々、スプーンに捧げた情熱を少しでも勉強に注いでいたならば、きっと今頃ノーベル賞でも受賞していたのにと悔やまれる。

 

しかし子どもは飽きやすい。

Mr.マリックの《ハンドパワー》ブームのあとにやってきたのは、サーフボードに乗ったピカチュウだった。超能力ブームが終焉を迎え、同級生たちはスプーン曲げを1…2の……ポカンと忘れた。気がつけばポケットモンスターを151匹集めることに血眼になっていたのだ。

僕も祖母にゲームボーイを買ってもらい、ポケモンに熱中した。しかし悲しい哉、ユンゲラーを通信交換してくれる友だちがいなかった。(フーディンを手に入れるためにはユンゲラーを通信交換しなくてはならない)あとカビゴンにフルボッコにされて泣いた。

悲しみの果て、僕はポケモンマスターの夢をあきらめる。再び、超能力者の道を目指そうと決意したのだった。

 

中学二年生になった。

担任の若い男性教師は熱血型で『夢をあきらめるな! 夢に向かって努力しろ!』が口癖だった。真面目な僕は、よーし頑張って超能力者になるぞー!と高校受験もそっちのけでやる気の炎を燃え上がらせた。

といっても、さすがに中学生だ。

『超能力でスプーンを曲げても何もメリットないじゃん!』という損得勘定はあった。では、どんな能力を開発すべきだろうか。思考を巡らせる。

念動力は、駄目である。能力を制御できなければ、愛する誰かを傷つける。時間移動や未来予知も、駄目だ。タイムパラドックスを引き起こして世界を滅ぼすオチが見える。テレパシーやテレポートにしても、実運用には様々なリスクが伴うことが懸念された。

 

そこまで考え抜いた末、《透視》を究めてやろうと思った。透視ができれば、高校受験のときにカンニングできるし、当時は思春期だったから、まぁ……うん……。

 

超能力を会得するための、修行の日々が始まる。

自己催眠、自律訓練法、アクティブイマジネーション、体外離脱、人工精霊、タルパ、オレンジカード、瞑想、速読、腹式呼吸、夢日記……etc

Welcome to Underground !!

インターネット某巨大掲示板の書き込みが、セカイの真実だと盲信していた。ある意味で純粋だったのだろう。スレッドで自称能力者が親切に教えてくれた訓練方法を、一通り試した。
具体的な話をすると、当時一番ハマっていたのが、ニュー速VIPの「最近幽体離脱にはまった」である。(検索したら2015年現在もまとめwikiが更新されていてびっくり)

 

で、ここですべてに失敗していたのなら『ああ、あの頃の自分は馬鹿だったな、ははは……』の笑い話で終わる。

ところが困ったことに、成功してしまった。

ゆえに笑うに笑えぬ黒歴史となる。

『夢に向かって努力すれば、夢は手に入る』と先生が熱く語ったことは本当だったのだ。

 

なぜなら、僕は、文字通りの《夢》を手にしたのだから。


《明晰夢:めいせきむ》

――夢を自分の意思によって自由自在に操る技法――


透視とまではいかないものの、明晰夢を意図的に見られるようになったのは十分な成果と言えた。

はじめて明晰夢を見たときは、その異常な神秘体験に興奮を禁じ得なかった。自分が神に選ばれた特別な人間であるかのような、万能感に満たされた。

 

夢の中では自由。望むことは何でもできた。

冷蔵庫をあけてアイスクリームを食べたら、本当に甘さを感じる。(夢なのだが)夢のような美味しさだった。

レーシングカーに乗れば、ドリフトが綺麗にキマった。空も飛べた。缶ビールを飲んでみたらコカ・コーラの味がした。バルタン星人をパンチでぶっ飛ばすこともできた。

※空を飛ぶことに関してはしかし制限があって、ウルトラマンのようにシュワッチ!とスタイリッシュには飛べない。夢のなかで空中遊泳する場合、まずはカエルのごとく跳躍してから、空のうえで平泳ぎをしないと前に進まないのだ。このあたり、無意識といえども人間の想像力の限界を感じる。

 

明晰夢の刺激を知ってしまうと、現実がひどく色褪せて薄っぺらくみえた。

毎日つまらない授業を聞き、昼休みは机に突っ伏して時間をやり過ごす。放課後は誰とも目を合わさず校門の外に出て「ああ、今日"も"誰とも言葉を交わさなかったな」とため息をつく。

現実とは対照的に、夢のなかでは孤独じゃなかった。

虚構の世界には、話しかけてくれる友達がたくさんいたのだ。

僕は彼らと楽しく遊んだ。

夢セカイではイメージや五感は現実以上に鮮明であり、何ら不自由しなかった。この点に関しては、ゲームのバーチャリアリティ(仮想現実感)をも遙かに凌駕する。

 

ただ致命的な欠点もあった。言語的認識が、夢のなかでは非常に難しくなるのだ。
例えば、夢セカイの住人と自己紹介をしたとする。

「俺の名前は**だ、よろしく」

「わたし、夢の国の**っていうの」

この場合、相手を認識することはできる。しかし、目を覚ましたときに《言語情報としての名前》を思い出せない。

つまり、夢で出会った人たちの名前は、記憶できない。名前が分からないから、夢で誰かと仲良くなっても、次の夢で同じ人と出会うのは困難を極める。(基本的に一期一会だ)

あるいは、夢のなかで読書するとしよう。書かれている内容の理解はできる。しかし、文字を読むことはできない。文章の意味概念は分かっても、言語表現が分からないという不可解な現象が生ずる。

さらに、明晰夢であってもふつうの夢と同じで、起きた直後にメモしておかなければ記憶は忘却される。だから枕元にはいつも鉛筆とノートを置いておく必要があった。

中学生のあいだに記録した、夢日記の総文量は軽く五十万文字を超える。

その狂気を小説原稿に注いでいれば、きっと今頃芥川賞でも受賞していたのにと悔やまれる。

 

さておき、明晰夢中毒となってしまった僕は、端から見れば寝ることだけが楽しみのぐうたら人間になっていた。子どもの夜更かしが取り沙汰されるなか、僕はといえば夜の九時にはベッドに潜り込んでスヤスヤと寝息を立てていたから、祖母は僕が病気じゃないかと心配したくらいだ。

両親は別な方向に解釈したらしく(あっ……察し……)といった雰囲気で「まぁ思春期ですからねぇ」と言葉を濁した。

 

そろそろ結論に入るとしよう。

何か面白いオチが用意できればと思ったのだが、正直に言うと中学三年生の夏休みを終えた頃には、僕は明晰夢をあまり見なくなっていた。

ぶっちゃけ飽きた。

――というのもあるし、明晰夢を見るための儀式『入眠前の自己催眠』と『起床後の夢日記』がけっこう面倒になってきたこともある。

さらにいえば、高校受験を目前に控え、それどころではなくなったというのもある。

 

最後にひとつだけロマンチックかどうか分からない話をする。

 

僕の初恋は、夢のなかの少女だった。

ある日、明晰夢を見て、出会った少女に恋をした。

一夜限りの恋だった。そして、二度と再会しなかった。

名前も覚えていない。容姿だって記憶から完全に抜けている。彼女と何を話したのかさえ忘れてしまった。

ただ夢を記録したノートに『恋をした』という事実が書かれているだけである。そのほかには、本当に何もなかった。思い出も、記憶も、深層意識の彼方へと忘却される。

取り残された感情だけが、消失感と虚無感とをもたらした。

 

今となっては朧げなのだけれど、当時の自分にとっては相当にショックだったと思う。人生の空しさというか、夢の儚さというか――あれはそういう類いのものだったのだろうか。

失恋のおかげと言っては酷だが、明晰夢を見なくなってからは勉強に集中するようになった。無事、志望校に合格した。

 

自分が小説を書くきっかけは何だったかと考えるとき、僕はきまって明晰夢中毒だった頃の日々を思い出す。

幸せな夢を見たあとの《忘れたくない!》という恐怖が、物語を書かせるのかもしれなかった。

【完】

 

追記

今週のお題特別編「子供の頃に欲しかったもの」
〈春のブログキャンペーン 第3週〉

今回答えた、はてなのお題。話がすごく脱線した気もするけども、子供の頃に欲しかったのは《超能力》で、手に入れたのは《明晰夢》だった。

 

そういえば以前に初恋に関する記事を書いたなぁ何だっけと思ったら、見つけた。

初恋は言葉で語れない。

――First Love was beyond description.――

今回もまた、初恋を十分には語れなかった。

いつかきっと、物語のなかで、忘却された想い出を甦らせてみせる。

小説を書こう――。

【おわり】

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